前の記事はこちら:
【第1話】勉強はできても学校は苦手な子
僕は、WEBの仕事がしたくて、
富士通に就職することにしました。
当時は大阪大学の工学部卒というと
企業から引っ張りだこで、就職活動では
何の苦労もなく入社することができました。
いわゆる
「良い大学に入って、良い会社に入って」
ってやつですね。
ところがですね、
順風満帆だったのはここまで・・・
研修期間を終えて、配属されたのは、
面接などで、話してきたのと全く異なり、
WEBとはまったく関係のない部署でした。
ガビーン。ショックでした。
でも、新人の僕にはどうすることもできず
泣き寝入りです。
泣き寝入りというか、
「社会とはそういうところなのか」
と驚きつつも、受け入れただけだったんですが。
当時はバイトや家庭教師くらいしか
仕事の経験もなかったし、
右も左も分からない新社会人です。
お金も住むところもありませんし、
当時の僕には何もできませんでした。
ただ、社会人一年目でし、
「ま、頑張るか!」
と切り替えていくことにしました。
課長に嫌われて、ずっと無視されることに
でも、次に待っていたのは、
課長からのいじめだったんですね。
- おとなしくて人付き合いが苦手なこと
- 大阪から来たこと(関東に配属でした)
- 自ら希望して配属された新人ではないこと(花形部署らしいです)
そんなことが、気に入らなかったんだと思います。
課長に嫌われてしまい、
ずっと無視されることに。
周りが遅くまで残業していたり、
同期の新人達が、新しい仕事にどんどん
チャレンジしていく中でも、
僕は一人だけ、何の仕事も与えられず
朝会社に来て、定時が来たら家に帰るだけ
という毎日が続きました。
毎日ずっと「手伝えることないですか?」
と一生懸命聞いて回ったりしましたが、
いじめは酷かったですね。
周りの多くの先輩たちが
手を差し伸べてくれたり、
代わりに課長に意見してくれても、
状況はさして変わりませんでした。
なんと結局3年間、最後まで
そんな状況が続きました。
まあでも、こっちは地獄の学生時代を
過ごしてきてるので、それくらいのことじゃ
全然負けませんでしたけどね。
どちらにしても、3年は頑張ると
自分で決めていたので、
「経験するうちに何か得られるかもしれない」
と思い、頑張ってみました。
最終的には、結局やっぱり
興味が持てない仕事だったし、
WEBの仕事がしたい気持ちは変わらなかったので
転職することにしたんですけどね。
課長には、結局最後まで変わらず、
無視され続けました。
部署で開いてくれた送別会の時のスピーチでも、
課長だけは、僕のことには一切触れず
まったく違う話をされた・・・
ってのは今でも根に持ってます(笑)
レールを外れる人生
僕にとって、富士通を退職するのは、
本当に大きな決断でした。
ずっと良い子で、良い大学に行って
大企業に就職して、世間が望むような
レールの上を進んできましたからね。
単に「好きな仕事をしたいから」という
理由だけで、それらを全部捨て、
自ら望んでドロップアウトするんです。
当時そんな人は、周りにはいませんでしたし。
親に話すときも、相当勇気がいりました。
なんせ、自分のわがままとかも、
ほとんど言ったことありませんでしたから。
ただ、さすが。親は分かってるんですね。
「もう決めてるんやろ。
自分で決めたことやったら、頑張り」
と言って、普通に受け入れてくれました。
良い子だったせいか?信用はされてるんですよね。
…
結局、この決断は、僕にとって
大きな転機の一つとなり、その後の人生が
どんどん変わっていくことになりました。
だから、課長と出会えたのも、
素晴らしいことだったと思っています。
だって、迷いなく辞められましたからね(笑)
いくら他の仕事がしたくても、
ちょっとでも富士通に良い部分があれば
後ろ髪を引かれたりして、
転職できなかったかも・・・
な〜んて思うのです。
…
こうして、好きな仕事をするため、
WEBデザインの業界で働き始めました。
やっと好きなことができる!という
ワクワクしかありませんでした。
続きはこちら↓
【第3話】WEBデザイン会社に転職したら人生変わった